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STORY ROOM No.01 / BRITISH CLUB 9 MIN READ

ベイカー街の書斎 ── 暖炉の前に、肘掛け椅子を一脚。

探偵の部屋は実在しない。それなのに、寸法がある。物語の部屋 その一。

ROOM SIZE
約20㎡(原作の記述より推定)
STYLE
VICTORIAN SITTING ROOM
MAIN MATERIAL
LEATHER / BRASS / OAK / WOOL
ACTIVITY
READING / THINKING / RECEIVING
ERA
1887–1927(原作の連載期間)
SOURCE
コナン・ドイル「シャーロック・ホームズ」原作テキスト
ベイカー街の書斎 ── 暖炉の前に、肘掛け椅子を一脚。
ベイカー街221Bの居間。原作にある物と、時代背景から補った家具・照明を組み合わせた編集的再構成。

探偵の部屋は実在しない。それなのに、寸法がある。

部屋の出典:アーサー・コナン・ドイル「シャーロック・ホームズ」シリーズ(1887–1927)。引用はすべて原作テキストから。

シャーロック・ホームズの部屋の話である。アーサー・コナン・ドイルが1887年に書いた最初の一篇『緋色の研究』は、クリスマス向け年刊誌の埋め草として世に出た。作者は27歳の、患者の来ない開業医。原稿は一度出版社に断られ、権利はまとめて25ポンドで買い取られている。その一篇の冒頭で、アフガニスタン帰りの軍医ジョン・ワトソンが同居人を探し、「化学の実験ばかりしている変わった男」を紹介される。二人が家賃を折半するために借りたのが、ロンドン、ベイカー街221Bの二階だった。「寝室が二つと、大きく風通しのよい居間が一つ。二つの広い窓で明るく、家具は気持ちのよいものが揃っている」。以後40年、長篇4本と短篇56本の事件が、ほぼすべてこの居間から始まる。

物の位置が、間取りの代わりをしている。
誰も図面を見たことがないのに、世界中の読者が同じ部屋を思い浮かべられる。

ホームズの居間と、アイビーの書斎。六十年と大西洋を挟んだ二つは、一見つながらない。だが、五〇年代のアメリカの学生が机に置いた緑のランプも、図書館の革椅子も、段で増える書棚も、元をたどればヴィクトリア朝の英国で生まれ、二十世紀のはじめに海を渡った道具である。大学の社交クラブは英国クラブの間取りを写し、図書館はロンドンの読書室を手本にした。アイビーの書斎を遡ると、暖炉のあるこの居間に着く。年表の第一章がロンドンから始まる理由である。

コナン・ドイルは、この居間の間取りを一度も説明していない。代わりに、事件のたびに物を描き足した。暖炉。暖炉の前の肘掛け椅子。暖炉棚の真ん中には、返事を書いていない手紙の束がジャックナイフで刺してある。石炭入れに葉巻、ペルシャのスリッパのつま先に煙草。窓際に化学実験の台。壁には弾痕で綴った女王の頭文字。床に熊の毛皮。

だから読者は誰も、この部屋の図面を見たことがないのに、世界中の読者が同じ部屋を思い浮かべられる。物の位置が、間取りの代わりをしている。

この居間を、家具のリストとして一つずつ読んでいく。物には来歴があり、来歴には理由がある。理由を辿ると、十七世紀の英国の居間や、二十世紀のニューヨークの銀行や、ヴィクトリア朝の郵便事情に行き着く。実在しない部屋の家具が、実在の歴史でできている。

翼は、暖炉のためにある

暖炉の前の肘掛け椅子で、ホームズは目を閉じて依頼人の話を聞く。指を組み、深く沈み、時々だけ質問をする。この椅子が部屋の中心だ。

英国には、背もたれの左右が衝立のように前へ張り出した肘掛け椅子がある。張り出しの部分は翼(ウイング)と呼ばれ、椅子の名もウイングバックチェアという。顔を挟むこの翼は、何のためにあるのか。答えは暖炉である。部屋全体を暖める仕組みがなかった十七世紀、火の熱と、戸口からの隙間風から顔を守るために、背の両脇がせり出した。椅子そのものが、小さな部屋の役をしたのだ。翼の中に頭を入れると、火の音と自分の呼吸だけになる。

コナン・ドイルが書いているのは「肘掛け椅子」の一語だけで、それがどんな椅子かまでは書かれていない。だから、ここからは推測になる。暖炉の前で、深く沈み、目を閉じて依頼人の長い話を聞く──その姿に一番つじつまの合う椅子はどれか。火のそばに置かれ、頭を翼で囲い、部屋の音を減らす椅子。そう辿っていくと、ウイングバックチェアに行き着く。

灯りは、一人分ずつ

原作の居間はガス灯である。ガスの灯りは部屋全体を黄色くぼんやり照らし、隅までは届かない。夜のベイカー街で、ワトソンは肘掛け椅子で本を読み、ホームズはヴァイオリンを弾く。二人はひとつの居間で、それぞれ勝手に過ごしている。

その後の灯りの歴史は、光を一人分ずつに区切る方へ進んだ。電球は明るすぎて、むき出しでは目に刺さる。1909年、ニューヨークで、緑のガラスの傘が電球の光を机の上にだけ落とす形が意匠登録され、銀行の窓口と図書館の閲覧席に一斉に並んだ。光が上と横に逃げないから、長机に等間隔で置ける。半世紀後、アメリカの大学の閲覧席で学生が点けた灯りは、この意匠のほぼそのままだった。

ガス灯の部屋に電気のランプはない。これも補いである。それでも「それぞれ勝手に過ごす部屋」の灯りとして、一人分の光は、この居間の性格に一番近い。

ナイフが、手紙を留める

暖炉棚の真ん中に、手紙の束が一本のナイフで刺してある。返事を書いていない手紙の保管方法として、探偵はジャックナイフを木の棚に突き刺した。ワトソンは短篇『マスグレーヴ家の儀式』で、化学薬品と犯罪の遺物と並べて、これを同居人の乱雑さの例に挙げている。

この一行が百年以上愛されてきたのは、物の用途がずれているからだ。履物(ペルシャのスリッパ)が煙草入れで、石炭入れが葉巻箱で、ナイフが手紙留め。物は用途で買われるが、部屋の中では別の役を与えられる。部屋が人に馴染むというのは、たぶんこのずれのことである。新品の道具が説明書どおりに使われている部屋を、誰も「あの部屋」とは呼ばない。

ヴィクトリア朝のロンドンは、一日に何度も郵便が届く街で、手紙は溜まる一方だった。返事を書かない自由を、刃で棚に留める。乱雑さにも、時代の理屈がある。

実在しない部屋の、実在する続き

この部屋は1887年の誌面に生まれた。1891年、月刊ストランド誌で短篇の連載が始まると、挿絵画家シドニー・パジェットが暖炉と肘掛け椅子と窓を描き、部屋は顔を持った。以後百三十年、舞台と映画と読者の頭の中で、この居間は増築され続けている。実在しないことは、この部屋の欠点ではない。誰の頭の中にもあるから、誰の部屋にもなれる。

思えば、ホームズ自身、あの居間を一日で手に入れたわけではない。暖炉棚に手紙が刺さり、壁の弾痕が増え、実験の染みが広がって、四十年かけてあの部屋になった。部屋は一度に揃うものではなく、暮らしと一緒に増えていくものらしい。だから、始まりは一点でいい。暖炉の前に、肘掛け椅子を一脚。その先は、それぞれの続きである。

参考:アーサー・コナン・ドイル『緋色の研究』(1887)、『マスグレーヴ家の儀式』(1893)ほか「シャーロック・ホームズ」原作テキスト。挿絵はシドニー・パジェット(ストランド誌、1891–)。原作・挿絵ともパブリックドメイン。ドラマ・映画版のビジュアルは参照していません。翼の型、電気のランプ、バリスターブックケース、オリエンタルラグは編集上の補いです。

Room Anatomy

部屋を読み解く

家具・照明・素材に番号を振り、それぞれが部屋の中で担う役割を確かめます。

ベイカー街の書斎 ── 暖炉の前に、肘掛け椅子を一脚。の構成図
ROOM STUDY ── 原作の記述とIVY STUDYによる編集的再構成 史料にある 編集上の補完 推定
  1. 史料にある

    暖炉と肘掛け椅子

    火の近くに座るという行為から、背のある椅子を部屋の中心に据える。「肘掛け椅子」の一語は原作にある。

  2. 編集上の補完

    翼のある背

    翼の有無は原作に書かれていない。部屋全体を暖める仕組みがなかった時代の理屈から、翼のある型を補った。

  3. 編集上の補完

    一人分の灯り

    原作の居間はガス灯。読む人の手元にだけ光の領域をつくる電気のランプは、編集上の補完。

  4. 史料にある

    暖炉棚の手紙とナイフ

    返事を書いていない手紙の束が、ジャックナイフで木の棚に刺してある。『マスグレーヴ家の儀式』の記述。

  5. 推定

    本棚とラグ

    床に熊の毛皮、化学実験の台、書類の山。垂直の書棚と足元のラグで椅子の周囲を囲うのは、記述からの推定。

In This Room

この部屋にあるもの

ウイングバックチェア

CHAIR No.01

座る場所を決める

ウイングバックチェア

  • STANDARD|仕入れ品 お問い合わせ
  • VINTAGE|買い付け代行 一点ごとに相談

役割と背景を読む

オリエンタルラグ(一点物)

RUG No.01

ラグと小物で時間を重ねる

オリエンタルラグ(一点物)

  • STANDARD|仕入れ品 お問い合わせ
  • VINTAGE|買い付け代行 一点ごとに相談

役割と背景を読む

バンカーズランプ

LAMP No.01

一人分の灯りを置く

バンカーズランプ

  • STANDARD|仕入れ品 ¥12,100
  • VINTAGE|買い付け代行 一点ごとに相談

役割と背景を読む

レターオープナー

OPENER No.01

レターオープナー

  • STANDARD|仕入れ品 お問い合わせ
  • VINTAGE|買い付け代行 一点ごとに相談

役割と背景を読む

Adapt It to Your Room

自分の部屋に置き換える

広さをそのまま再現する必要はありません。椅子・灯り・背景の関係を、いまの住まいの寸法に移します。

6畳

椅子と灯りから始める

壁から椅子を少し離し、脇に灯りを一灯。背の低い収納を選び、視線の抜けを残します。約20㎡の居間を再現する必要はありません。

8畳

読書の島をつくる

椅子、サイドテーブル、ラグをひとまとまりに。幅130〜160cm程度のラグが、椅子の周囲を穏やかに区切ります。

10畳〜

書棚を背景に加える

椅子の背後か対面に書棚を置きます。濃色は家具と壁の一方に絞り、重さをつくりすぎません。

Check before you buy

  • 01
    家具寸法 ウイングバックチェアは幅90cm・奥行92cm前後。玄関、廊下、階段の幅を先に測る。
  • 02
    動線 椅子の前に60cm以上の空きを残す。暖炉の代わりに窓や壁面を「正面」に決める。
  • 03
    照明位置 灯りは本を持つ手の反対側、目線より低い位置に。天井灯だけで読まない。
  • 04
    色数 革、木、真鍮、ウールのうち二〜三素材に絞る。
  • 05
    失敗しやすい点 すべてを古い物で揃えると展示室になる。生活の余白を残す。

Build the Room

部屋は、一点ずつ完成していく

最初からすべてを揃えず、過ごし方を決める品から順に選びます。

  1. Must have

    座る場所を決める

    最初の一脚が、視線、灯り、ほかの家具の位置を決めます。

    ウイングバックチェア
    ウイングバックチェア 販売準備中
  2. Must have

    一人分の灯りを置く

    天井灯ではなく、椅子の手元を照らす灯りを加えます。

    バンカーズランプ
    バンカーズランプ ¥12,100〜 / 在庫あり
  3. Add later

    本棚で背景をつくる

    すべてを埋めず、二割ほどの余白を残して本と道具を置きます。

    バリスターブックケース(三段)
    バリスターブックケース(三段) 販売準備中
  4. Add later

    ラグと小物で時間を重ねる

    最後に足元と机上を整え、少しずつ自分の履歴を加えていきます。

    オリエンタルラグ(一点物)
    オリエンタルラグ(一点物) 販売準備中
  5. Substitute

    翼がなくても、背の高い椅子で

    翼のある椅子が入らない場合は、背が肩より高く、肘掛けのある椅子で同じ役割を担えます。

The Composition

  • 01
    THE CHAIR 暖炉の前に、肘掛け椅子を一脚。部屋の中心はここ。
  • 02
    THE LIGHT 部屋全体ではなく、読む人の手元だけを照らす。
  • 03
    THE MANTEL 手紙とナイフ。用途からずれた物が、部屋を住む人のものにする。
  • 04
    THE SHELF 一段ずつ増える書棚で、椅子の背景をつくる。

Questions

この部屋についてよくある質問

原作にない家具はどれですか

翼のある背、電気のランプ、バリスターブックケース、オリエンタルラグは編集上の補完です。本文と Room Anatomy に区別を明記しています。

椅子だけ先に買っても部屋として成立しますか

成立します。Build the Room の順序どおり、椅子と灯りの二点で部屋の重心は決まります。

Consultation

あなたの一室に置き換えるために。

間取りや手持ちの家具を伺い、最初の一脚から組み合わせをご案内します。搬入経路、寸法、素材、納期のご相談も承ります。在庫のない品は、近い役割を持つ品もお探しします。

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